西アジアから中央アジア一帯を移動しながら生活してきた遊牧民によって作られたキリムは、地域や部族によってその違いや特徴を見ることができます。
キリムの名称は、その地域や町の名前で呼ばれたり、または部族の名前で呼ばれたりします。
トルコ〔アナトリア〕
トルコ産のキリムはアナトリアキリムと呼ばれる。
その魅力は色柄の多彩さ。
伝統的なモチーフやパターンが継承されながらも、大胆にデフォルメされたものや、
独特な色使いのもの、織り手の感性が自由に表現されたものが多い。
呼び名として、イラン(ペルシャ)やアフガニスタンでは、部族の名前で呼ばれることが多いが、
アナトリアキリムはキリムが織られた村や、それらが集まってくる町の名前が呼び名になっていることが多い。
早くから他民族との交流が始まり、血族が薄まったことから、部族としてよりも、地域として発展したと思われる。
《東部アナトリア》
‐ワン
ワン湖のほとりにある町。その南東のハッカリ村で多くのキリムが織られていることから、ワンハッカリとも呼ばれる。
太い縦糸を使ってしっかり織られているのが特徴。大きいものは2片に分けて織り、中央ではぎ合わされている。
濃い赤茶色、藍色が多く使われ、重厚さを持つキリムは、最もクルド的特色を表す。
‐ マラティア
質、量ともにトルコで1、2を争う産地。
トルコ東西にわたるタウラス山脈の東部山麓にあり、肥沃な土地が良質な原毛を育てる。
クルド人の町だが、交通の要所であるため、トルコ人やアルメニア人など、
多様な人種が行き交う為、クルド人の重厚なものだけでなく、繊細で多様なデザインも見られる。
‐ カルス
グルジアやアルメニアとの国境に近い町で、柄にコーカサス地方の影響が見られる。
幾何学的なコーカサスメダリオンが多く織り込まれている。
また、近郊の村カジズマンで織られたキリムは現在希少価値がある。
‐エルズルム
標高1850mの高地にあり、夏は爽やか。冬はマイナス30度まで下がる厳寒地。ミフラーブ文様と生命の木の文様が多い。
‐シワス
歴史の古い町で、イランとイラクをつなぐ要塞都市だった。ミフラーブ文様が多い。メダリオンや正方形を重ねたデザインなど。
《中央アナトリア》
‐ コンヤ
12-14世紀セルジュックトルコの首都であったコンヤの遺跡からキリムと共通するデザインの壁画が発見されたことから、
コンヤキリムの起源はBC6000-7000年と思われる。
色や模様も多様で、織りも繊細。質の良いウールが使われている。
昔ながらの技法のキリムを残す為のプロジェクトの中心地。
‐オブリュック
シルクロードで栄えた町。ミフラーブの両肩に生命の木を描いたパターンで有名。色彩鮮やかで、細く撚りの強い糸が使われる。
‐カイセリ
柔らかいウールで太めに撚った糸が使用されざっくり織られたのが特徴。主要産地のひとつ。シルクのキリムもみられる。
‐ シブリヒサール
階段状のミフラーブ文様、エリベリンデ文様で有名な歴史の古い町。
‐ マナスティール
バルカン半島からやって来たイスラム教徒によって織られたキリムは、バルカン半島のシャルキョイのキリムと似ている。
細く撚りの強い糸で緻密に織られており、小型のものが多い。
‐ムット
タウラス山脈の南にある村で、モンゴル系遊牧民とクルド人が住んでいる。
縦糸・横糸共にしっかり撚られたウールを使用。縦糸にヤギや馬の毛が使われることも。
幾何学模様と、ざっくりとした織りが特徴。
‐ レイハンリ
19世紀西コーカサスから移住してきた人々により、当初から商業目的で織られた為、完成度の高いものが多い。
しかし20世紀に入りかつての様な高品質のものは作られなくなった。
《 西部アナトリア》
‐バルケシール
遊牧民のヤージベデル族、ユンジュ族によって織られている。
濃い赤と青がよく使用され、羊の角の文様が特徴的。
赤と青の横縞ジジム織りの入ったチューワル(穀物袋)が有名。
‐ ベルガマ
ヘレニズム時代からローマ時代かけて栄えたペルガモン王国の首都だった、遺跡の多く残る町。
遊牧民も多く、ジジム織り、ズィリ織りが多く見られる。
‐アイドゥン
コンヤのキリムに似ているが、無地の部分が少なく、隙間をすべて埋めるように模様があるのが特徴。
‐ ウシャク、デニズリ、エシメ
3つの町が連携して新しいキリム作りに力を入れている。
化学染料を使った物から、伝統的な天然染料で手紡ぎのものまで幅広い。
‐アフィヨン
櫛や指の文様が多い。メダリオンの周りがジグザグ模様で囲まれていたりする。
指文様は、直線、曲線、角形と様々な形で表現されている。
‐チャル
トルコ西部の伝統的な絨毯の産地でもある村。
周辺で作られるキリムは小型のものが多く、デザインも個性的。
赤や黄、暖色系の色を使用し、中心にひとつメダリオンを描いたものがよく見られる。
‐フェティエ
エーゲ海の島々に囲まれた、穏やかな湾内にあるリゾート地。古代リキア人の主要な都市として栄えた。
周辺の村の中でも北のムーラ村で暮らす遊牧民が作ったキリムは、
キリムの幅を3つに分け、中央が赤の無地、両側に鮮やかな模様が描かれており有名。
ラクダやロバの鞍の下に敷き、無地の部分を動物の背に当てる。
‐アンタルヤ
地中海リゾートの中心地。
アンタルヤキリムと呼ばれるものは、ここで取引されたものをさし、作られたのはその近郊の町や村。
サンフェードという、新しいキリムを日光に当て褪色させたものは、ここで作られる。
《ヨーロッパトルコ》
‐ シャルキョイ
細い糸で緻密に織られるのが特徴。赤、濃紺、白の組み合わせが多い。
代表的な文様は生命の木に鳥が止まっているデザインのバードシャルキョイ。
鳥は天国に向かって飛び立つといわれている。
古いシャルキョイキリムはこの村で作られたものではなく、セルビアのピロットという町周辺で作られていた。
後にセルビア人がシャルキョイに移住し、彼らが持っていたキリムが欧米で注目された事で、この呼び名になったと思われる。
新しいシャルキョイキリムはトルコ以外でも織られている。
‐バルカン半島
オスマントルコの統治下にあった為、トルコの文化が色濃い地域。
多様な人種が住み、東西の文化が混ざり合い、独特の色彩や模様を作り出している。シャルキョイもそのひとつ。
ルーマニア、ボスニア、モルドバ等が知られているが、年々衰退している。
イラン〔ペルシャ〕
ペルシャ絨毯の産地として有名だが、優れたキリムも地域や部族によって織られている。
生活用具としてのキリムは、19世紀後半から20世紀前半まで殆ど注目されてなかった為、昔ながらの手織りの伝統が守られている。
地名だけでなく、部族によっての違いが見られる為、多くは部族名で呼ばれる。
濃い色合いで色数も少なく、太い糸で粗めに織られたものが多い。
‐アフシャール
アフシャール族はイラン最大のトルコ系遊牧民。
アフシャールキリムは、南部ケルマンに住むアフシャール族のものが有名。
ボテ文様や幾何学模様が多い。
‐ セネ
町の名前。18-20世紀初期、セネに住むクルド人によって織られたセネキリムは、
ほかの地域に住むクルド人の作より評価が高い。特徴は...
�細いボーダーと小花模様
�小花模様で中央にメダリオン。小花模様の代わりにヘラティやボテ文様もある。
�ミフラーブ文様。
どれも直線的な幾何学模様ではなく、曲線が織り込まれている。
‐ ヴェラミン
テヘラン近郊の町。様々な部族が住んでいるが、織り手はトルコから移住してきたクルド人。
幾何学模様や目の文様が多い。
‐ ビシャー
イラン北西部の町。その周辺で織られたものを指す。織り手はクルド人。
粗いウールで丈夫に織られ、細長いものが多い。
‐コラサンクルド
トルクメニスタンとの国境に住むコラサンクルドと呼ばれるクルド人によって織られたもの。
原毛をそのまま織ったソフレが有名。
‐カシュガイ
9世紀カスピ海からイラン西部に移住したトルコ系のカシュガイ族は今でも約半数は遊牧生活をしている。
ボーダーの上下に縞模様があるのが特徴。撚りの強い細い糸を使ったしなやかなものが多い。
‐ シャーサバ ン
複数の部族からなるイランで最大のシャーサバン族。
北部シャーサバン族のキリムは色鮮やかで、スマック織りなど複雑な技法を使った幾何学模様が多い。
テヘラン近郊のヴェラミンやガズビン周辺のシャーサバン族のキリムは、近くに住むクルド人の影響が見られ、太い糸で粗めの織りが特徴。
‐バクティアリ
ザグロス山脈の東麓の高原地帯に住むバクティアリ族によるバクティアリキリムは、赤を主体に重ねつなぎ織りがよく使われる。
重く丈夫なキリム。
‐ バルーチ
中央アジアの影響を強く受けたアラブ系のバルーチ族のキリムは、茜赤、茶色が多用される。
様々な織りの技法が見られる。
‐ローリー
イラクとの国境近くルリスタン地方を中心に、いくつかの地方に分散して住む、イランで最も古い遊牧民。
柄と柄の間に子供の絵の様な模様があったりと、独特な個性がある。
古いものは今では希少価値がある。
コーカサス
カスピ海と黒海に挟まれた、アルメニア、グルジア、アゼルバイジャン、ダゲスタンをまたぐ山岳地帯をコーカサスという。
ここでは古くから絨毯が豊富に織られてきたので、キリムの数や模様のパターンはさほど多くはないが、その質の高さは世界で高い評価を受けている。
大きいサイズで、大胆な模様が特徴。
19世紀まで、コーカサスキリムは模様で産地を特定できるほど特徴がはっきりしていた。
その理由は、孤立した山岳地帯で、外部からの影響を受けることなく伝統が受け継がれてきた事にある。
地域差だけでなく、キリスト教徒、イスラム教徒といった宗教の違いでも模様が異なっていた。
しかし近年の戦争、民族移動、部族間の結婚などで個性は曖昧になってきた。
‐ クバ
アゼルバイジャンのカスピ海に近い都市。
クバキリムの特徴は大きく2つ。
�ペルシャの影響を受けた花文様で、ボーダーがジグザグ模様。
�ジグザグ模様で描かれたメダリオンが数個並び、ボーダーが三重ほどある。
どちらも細長いサイズが一般的。深い色合いに白をいれ、コントラストのはっきりしたものがよく見られる。
‐シルヴァン
アゼルバイジャンの中央部シルヴァン平野に住む農民によって織られたキリム。
ボーダーがなく横縞状に模様があったり、無地のものが一般的。2枚はぎのものも多い。
‐ カラバフ
イラン、アルメニアに挟まれたアゼルバイジャンの地域。
ズィリ織りや、スマックで織られたドラゴン文様のドラゴンスマックが有名。
‐ ダゲスタン
国土の70%が山岳地帯のダゲスタン共和国は、牧畜が盛んで良質の羊毛が豊富に生産されていた。
アワール人が多く住むため、アワールキリムとも呼ばれる。
濃度が違う様々な青と赤、特に水色やピンクが幅広く使われ、
数個のドラゴン文様のあるもの、または生命の木の文様を使ったものが多い。
アフガニスタン
遊牧民が先祖代々伝えてきた伝統と文化が色濃く残っているアフガニスタンでは、その部族に伝わるオリジナルな模様と独特の色彩をキリムの中に見ることができる。
アフガニスタンキリムは大きく3つのグループに分けることができる。
�アフガニスタン北部のトルコ系部族
�北西部のモンゴル系部族
�西部から南西部のバルーチ族。
複数の織りの技術を用いたものが多く見られる。ソ連侵攻、内戦、米国のテロ報復攻撃など国内の混乱により、遊牧民の暮らしやキリム作りも打撃を受けてきた。
現在国際機関の援助による、アフガン難民の自立の為の絨毯やキリム作りのプロジェクトがすすめられている。
《 トルコ系部族》
‐トルクメン
トルクメニスタンに多く住む部族だが、国境付近のアフガニスタン北部にも多数住む、草原の騎馬民族。
ギュル文様が多く使われ赤、濃紺、白が中心の繊細なキリムが織られている。
‐ウズベク
ウズベク族のキリムは、北部マザリシャリフで作られるグジャリがよく知られている。
グジャリは15-30cmの細長いジャジム織りを、必要な長さで、何枚にも切って、横につないで大きな敷物にしたもの。
縦糸で模様を描く複雑な織りで、ウズベキスタンで作られるものと同じ。
《モンゴル系部族》
‐ハザラ
アフガニスタン中央部と北西部に分かれて住む部族。
横縞柄が多く使われ、大きいものは真ん中でつなぎ合わせている。
色違いの原毛をそのまま使った素朴な色合いのものもよく見られる。
北西部に住むハザラ族は緻密で上質なキリムを織る事で知られている。
‐ アイマック
ヘラート近郊に住むアイマック族は、タイマニ、フォロズコヒ、ジャムシデイ、カライナウハザラの4つの支部族に分かれる。
フォロズコヒは、衣装袋、塩袋、敷物など多様な生活用具を作り、品質も優れている。
バルーチキリムの影響を受けた模様。
《バルーチ族》
‐バルーチ
バルーチ族の織るキリムは、西部のチャカンスルという町で作られるものが有名。
濃紺にこげ茶や茜赤などを合わせたシックなデザインが特徴。
その中に少量のベージュや白がアクセントになっているものが多く見られる。
鳥、花をモチーフに独自のパターンを作り出している。
中央アジア
西はカスピ海、東は天山山脈とパミール高原に挟まれた地域を中央アジアといい、
カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンなどの国がある。
大国に挟まれた地理的条件から、中央アジアは民族大移動の長い歴史を持つ。
敷物だけでなく、鞍がけ、テントバンドなど、丈夫で実用的、素朴な模様のキリムが豊富。
‐トルクメニスタン
トルコ系部族のトルクメン族が多く住む。
アフガニスタンのトルクメンと同様、部族名で呼ばれる。
その中でも支部族のヨムート族が作る、深い赤を基調にしたギュル文様で有名。
鞍がけなど敷物以外でも、トルクメニスタンならではの赤褐色のキリムがよく見られる。
‐ウズベキスタン
内陸に位置する為、夏は40℃、冬は-10℃と寒暖の差が激しい。
この地で知られているのは、グジャリと呼ばれるキリム。
縦糸で模様を作る手の込んだジャジム織りをしている。
またスザニという刺繍布やシルクのイカットなども有名。
‐ラカイ
アムダリ川北岸に住むラカイ族は、個性的な刺繍を施した布で有名。
キリムにも刺繍が施された個性的なデザインが見られる。